日本の森、モリのニッポン紀行

2020年12月6日からnote版「日本の森、モリのニッポン紀行」(https://note.com/samsil_life)に引っ越しました。

2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

【出雲國】大原郡・八口神社。

八岐大蛇は簸の川上流から赤川と交わるこの地まで逃げて来るも素戔嗚尊に首を切り伏せられた...神社の周囲は小鳥が飛び交いカエルが鳴く、英雄と怪物が戦ったイメージとは無縁ののどかな風景。社名は風土記の矢口が延喜式編纂までの間に神話の影響を受け八口…

【出雲國】大原郡・神原神社。

堤防道路から境内に降りると右手に本殿、左手に古墳。式内社に古墳の組み合わせは珍しいわけではないけど、境内に石室とは生々しい。本殿に参拝後、保存棟へ。多くの板石が竪穴のフタとして敷き詰められていた。副葬品には銅鏡も。河川工事のため移築以前は…

【出雲國】大原郡・宇能遅神社。

加茂中央公園がある赤川沿いの丘陵東端の森。緑に吸い込まれるように石段が境内へ伸びる。祭神の宇能治比古命と須我彌命は親子。かつて「同社坐須美彌神社」という須我彌命をまつる社があった。いまは合祀され親子水入らずとなるも、子に恨まれた過去を風土…

【出雲國】仁多郡・三澤神社。

土地勘のない僕には松江から奥出雲までの距離は想像以上に遠い。朝一に出発し神社が鎮座する三沢町到着は午後三時ころ。山間の上りが多い道のりで疲労大。境内は要害山の麓近くの高台にあり鳥居~拝殿間は97歩。山頂には旧社地とともに社名・沢の由来となっ…

【出雲國】仁多郡@伊賀多氣神社。

祭神の五十猛命は意宇・出雲両郡に見られる「韓國伊大氐神社」という不思議な神社の神であり、韓国から持ってきた種子を全国にまいて木々を育てた林業の神でもある。さらに奥出雲では製鉄に携わった韓鍛冶が信奉した神だった。社名イガタケと神名イソタケっ…

【出雲國】飯石郡@川邊神社。

両手に山を臨む斐伊川沿いの道を走り湾曲した川の内側に鎮座する神社へ。小鳥のさえずりが耳に心地よく清々しい気持ち。久志伊奈大美等與麻奴良比賣命が出産場所を探した折、この地を訪れ奥深い谷を意味する「久々麻志枳谷在り」といった。久々麻志枳が熊と…

【出雲國】飯石郡@須佐神社。

雨上がりのしっとりとした境内。鳥居をくぐって拝殿まで進みなかをのぞくとお祓いの真っ最中。聞こえてきた祝詞は須佐之男命による八岐大蛇退治を物語る。静かに柏手を打ち本殿後方に向かうと立派な大杉がそびえる。その昔、加賀藩が所望するも須佐国造が断…

【出雲國】飯石郡@飯石神社。

えらくスッキリした境内というのが第一印象。他社で見られる灯籠や狛犬、随神門、さらに注連縄もない。横を流れる小川との間に立ち並ぶ杉がスッキリ感を高める。入口鳥居から拝殿まで90歩。本殿奥の玉垣内に鎮座する半円状の石が祭神である伊毘志都幣命が天…

【出雲國】飯石郡・多倍神社。

鳥居と隋神門をくぐる。まず視界に入るのは、杉や銀杏など背の高い木々の間に破風を広げる拝殿。参拝後、本殿後方に回ると玉垣内に二つの岩が重なるように鎮座していた。須佐之男命が鬼の大将を退治、その首を埋めた場所にフタとして置かれた岩なので「首岩…

【出雲國】飯石郡・三屋神社。

大注連縄を吊した拝殿と大社造の本殿。その周囲に配された摂社群。典型的な出雲の神社の境内。参拝を終え境内北側の小道を上がっていくと松本古墳群にたどり着く。1号墳と3号墳は古墳時代前期の前方後方墳。三屋神社は延喜以前、1号墳の上に社殿を設けていた…

【出雲國】神門郡・阿須利神社。

高瀬川沿いを走っていると境内の松が次第に大きく見えてきた。拝殿手前に立つその松は社叢に紛れず孤高の存在。ところで松の次に背が高い杉には酒の神でもある三輪神社がまつられている。ちなみに社名のアスリは韓国語で酒を意味する술(スル)が語源という…

【出雲國】神門郡・比那神社。

参道の境内寄りに立つ鳥居から拝殿まで37歩。その後方に板塀で囲われた本殿と台座の上に御幣が供えられた自然石が二体。社名の比那は姫に通ずるのか神社が鎮座する場所は姫原町である。飲酒運転追放の幟を立てていた氏子さんがキャンペーンに出かけ、境内に…

【出雲國】神門郡・鹽冶神社。

「鹽冶」は地名でエンヤ、社名でヤムヤと読む。丘陵上の鹽冶神社は元々八幡宮。鹽冶比古神社が相殿だった関係で延喜式の鹽冶系神社四社を合祀してるそう。鳥居をくぐり拝殿まで125歩。神社と指呼の距離である上塩冶築山古墳では自転車のライトを照らして石室…

【出雲國】神門郡・富能加神社。

神社の到着を待ってたかのように雨が降ってきた。予報は晴れだからしばらくの我慢だが、追い打ちをかけるのが急な石段。ため息つきながら上がっていき随神門をくぐると遷宮されたばかりの建物はどれも新しかった。記帳ノートをめくると全国から参拝者が訪ね…

【出雲國】神門郡@久奈為神社。

山上の境内から眺める出雲平野。空の青と山の緑を背景に出雲ドームの白い姿が印象的だった。久奈為神社が鎮座したのは奈良朝以前。その後、風土記の不在神祇官社・久奈子の社二社が当地に移り久留須三社と呼ばれたものの後者に社名を奪われ、いまは久奈子神…

【出雲國】神門郡・大山神社。

社名を記した標柱が立つ入口には自転車が並んでいた。気にせず拝殿で手を合わせ、ふと左手に目を移すと社務所には大勢のひとの姿。参拝後、由緒をメモしたり社叢林を眺めるのが常だけど、日中の神社をうろつく怪しい中年男に映りそう。由緒をメモしてさっと…

【出雲國】神門郡・八野神社。

素戔嗚尊の御子、八野若日女命をまつる八野神社は古来より鎮座地が変わらないそうだ。創建以来、場所が変わらないなんて当たり前じゃないの? と思っていたが、式内社巡りでは何らかの事情で移動した神社に多く出会う。伊勢国では旧社地が多かった。八野神社…

【出雲國】神門郡・阿利神社、同社坐加利比賣神社。

古そうな家屋を横目にペダルを漕ぐと前方に阿利神社の鳥居が佇む。主祭神は阿遅須枳高日子根命と加利比賣命。延喜式の配列でも阿利神社、同社坐加利比賣神社と続くから夫婦神のようだ。本殿後方、社叢から独立した一本の木が本殿を守るように立っている。 写…

【出雲國】神門郡・朝山神社。

鳥居の先の参道は宇比多伎山へと続く登山道。FATBIKEを押して歩くからしんどさ二倍。所によっては柵や階段もない道だけど、境内はウソのように整備されている。大国主命が真玉着玉之邑日女命のもとを朝ごとに通ったことが社名の起源。参拝を終えると予報通り…

【出雲國】神門郡・智伊神社。

鎌倉期の城跡に神社が遷座されたのは宝暦年間のこと。鳥居、石段、随神門をへて拝殿まで73歩。朝日に照らされたクスノキの若葉がまぶしい。ところで出雲ローカルのバラパン製造元である「なんぽうパン」の住所は知井宮町。同じ「チイ」でも社名と町名は微妙…

【出雲國】神門郡・佐伯神社。

風土記に該当社がないと思ったら波加佐の社がそうらしい。佐伯を逆にした伯佐はハカサと読むから誤写で佐伯になったという説も。神社の場所が見つからず山際を迷走。ようやく入口に到着し鳥居をくぐって拝殿まで60歩。木の枝が強い風に揺られて擦れ合う音が…

【出雲國】神門郡・同社坐和加須西利比賣神社。

風土記の那賣佐の社が延喜式では大国主命の妻・須勢理姫命の名を冠する。大国主命が「滑磐石なる哉」と発した岩には五つの甌穴が開く。滑狭郷の郷名由来でもあるが晴天の当日、流水はなく穴には水が溜まるのみ。川の上には比賣をまつった岩坪明神が鎮座する。…

【出雲國】神門郡・那賣佐神社。

風土記に掲載された社「奈賣佐」と「那賣佐」。両社とも「ナメサ」だが延喜式に該当するのは前者。時代が下り文字が変わったようだ。神西湖の南に位置する内陸の山塊。境内へ至る石段が長く感じる。ひと気のない深い森。日光を遮るせいか境内は水分を多く含…

【出雲國】神門郡・國村神社。

境内に入るとさっきまで国道9号線を走っていたのがうそのような静けさ。通行量の多い国道では道路の左端を走るといっても自転車にとっては命がけ。神社を訪ねることと森に逃げ込むことは同義だ。鳥居をくぐり高台に鎮座する境内の拝殿まで230歩。現在の宮山…