日本の森、モリのニッポン紀行

2020年12月6日からnote版「日本の森、モリのニッポン紀行」(https://note.com/samsil_life)に引っ越しました。

【出雲國】楯縫郡・佐香神社。

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松江での暮らしを始めるに当たり楽しみにしていたのは酒、日本酒である。

出発前、島根県名古屋事務所で「しまね酒紀行」というパンフレットをもらった。
それによると島根県内の酒蔵は出雲十六、石見十三、隠岐一の合計三十蔵。
「プチ移住」以前にそれを知ったものだから、ひと月の間、どれくらいの酒と出会えるかを楽しみにしていた。

島根の酒といっても以前、旭日酒造の「十旭日」を偶然手に入れて飲んだくらいで、銘柄についてはほとんど知らない
島根の酒素人の僕だったが、古社巡礼のついでに訪ねた蔵は七蔵、特約店などで購入したものを含めて合計十一蔵の酒を味わうことができた。
ひと月に十一蔵ということは三日に一回の割で新しい酒を買って飲んでいた計算だ。
なかには好きすぎてリピートした酒もあるし、複数回訪ねた蔵もある。
もし次回、松江に行く機会があれば、今回飲めなかった銘柄も含め、ただ「飲む」ためだけの旅がしたいなぁ。

ところで前出の「しまね酒紀行」には島根の酒がおいしい理由として水、米、杜氏という三つの条件が揃っているそうだ。
そのうち米について、島根県酒造好適米は「改良雄町」「神の舞」「佐香錦」「山田錦」「五百万石」
なかでも「佐香錦」は式内佐香神社に由来して命名されたという。

その佐香神社への道のりはアップダウンに富んでいた。
宍道湖の北岸に位置する楯縫郡。
湖岸沿いの平野部を日本海側に北上するとすぐに山塊に入る。
郡内各神社を訪ねようとするとどうしても山塊のなかを走り回らねばならない。
変速機がついていない我がFATBIKEではこういう道は本当に辛い。
だから峠を越え下り坂に差し掛かると何も考えず前から吹く風に身を任せたくなってくるのだ。
上りでかいた汗が風で涼しく感じられ爽快である。
だが、爽快感に浸っていたら右側の田んぼに立つ鳥居を危うく見失うところだった。
スマホの地図を確認すると佐香神社だった。

鳥居の前にFATBIKEを止めて写真を撮ろうとしたが、扁額には「松尾神社」と書かれている。
なぜだろう。
スマホを出しても一度場所を確認したけど佐香神社で合っている。
首をかしげて境内の前に立つ二の鳥居へ向かったが、その扁額にもやはり松尾神社の文字。
おかしいと思うのも束の間、出雲市の案内板にはちゃんと佐香神社と出ていて、当社は「酒造の発祥の地」であるという。
それで分かった。
佐香神社の「佐香」は「酒」で、酒の神といえば京都の松尾大社が有名である。
ようやくつながった。

出雲国風土記」楯縫郡佐香の郷には以下のように書かれている。

「佐香の河内に、百八十神等集ひ坐して、御厨立て給ひて、酒を醸させ給ひき。即ち百八十日、喜燕きて解散け坐しき。故、佐香と云ふ」

これだとよく分からないので今回も荻原千鶴全訳注「出雲国風土記」の現代訳にお世話になる。

「佐香の川原に百八十神たちがお集まりになって、炊事場をお建てになり酒を醸造させなさった。そして百八十日のあいだ酒盛りをして、解散なさった。だから佐香という」

この現代訳から、神さまたちが楽しそうに酒盛りする光景が目に浮かぶ。
しかも一年の約半分の百八十日もの間、酒盛りできるなんて! 
羨ましい。
神さま稼業はよほど儲かっているのか、それとも暇なのか。
僕も仲間に入れてぇ!

石段を上がり高台にある境内へ、一の鳥居から拝殿まで265歩、まずは参拝。
石段を登っているとき前方に地元のおばさんの姿が見えたが、境内に着くと社務所の裏手に消えていった。
その直後、「パンパン」と袋が破裂するような音が聞こえた。
何かあるのだろうか、と気にはなったが知らぬふりをして本殿を一周して戻ると、今度は音が響いていた場所から出てきた神主さんに「よくお参り下さいました」と挨拶された。

ちなみに当社は出雲の神社で出雲大社とともに酒造免許を持つ唯二の神社である。
毎年十月十三日の例大祭時には新米で作った濁酒が神前に奉納されるという。

 

写真は島根県出雲市

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